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490.SNSが得意な人、苦手な人

僕、結構SNSをやる方なんですけど。
X(Twitter)はそんなにやらないけれども、Threadsとか、Blueskyとかmixi2とかね、そういういわゆる一般的なSNSをちょこちょこやったりしてるんですけどね。

でもね、やってて思うんだけど、僕はあんまりSNSに向かないなって思うんですよね。
自分がなにか文章を書いて発信するのはいいんだけども、タイムラインを読むっていうのがちょっと苦手なんですよね。
それはもう、XにしてもThreadsにしても、Blueskyにしても共通で、例えばXが荒れやすいから見てて不快な気持ちになりますとか、その点、例えばThreadsはもうちょっと平和だよねみたいな文化の話とかではなくて、そもそもがああやって流れてくるタイムラインを読んで楽しむっていうのが苦手なんですよ。

これは根本的な話で、僕自身が聴覚優位なんですよね。
聴覚って、耳ね、耳が優位なんですよ。
世の中には視覚優位な人と聴覚優位な人がいて、その偏りが大きい人もいればちっちゃい人もいるんだけど、僕は結構偏った聴覚優位なので、聴覚を使わない視覚だけのメディアっていうのが全般的に苦手なんですよね。
それは文章であっても画像であっても。
だから、映画とかは視覚と聴覚を両方使うので、視覚や聴覚を使うものであれば、自分の優位な方も使えるので、すごく楽しめるんですけれども、例えばなにも音が流れてなくて映像だけってなってきちゃうと、たぶん苦手なんでしょうね。
だから、絵とか写真とか、撮るのも見るのもあんまり得意じゃないし、文章とかも得意じゃないんですよね。

本は読まない方じゃないんですけど、「日本人はあんまり読書をしない」ということを信用するんであれば、それなりに本は読むけど、本を読むのも好きな方じゃないですよ。
というのも、本で読んだことが、こう、たぶんね、人より頭に入ってきづらいんですよね。
本でも頭に入ってくる本と頭に入ってこない本があって、エッセイとかはめちゃくちゃ頭に入ってくるんですよ。
これはなんでかっていうと、エッセイって口語体で書かれているので、文章で書いたものを頭の中で音声に変換して頭に入れてるんですよね。
だから、誰かがしゃべってるみたいな感じで書いてあるものに関しては、音声に変換できるから頭に入ってくるんだけど、いわゆる文章として書かれたもの、音声に置き換わらないような書き方をしているものだと、途端に脳みそに入ってくる効率が落ちるんですよね。

そういう意味で、例えば自分が文章を書くときなんかも、どっちかっていうと音声的に文章を書くんですよ。
だから、苦手ってわけではないんですよね。
文章を書くことそのものは、自分の中でなんとなく音声にしながら文章を書くっていう形をやっているので。
文章は書けるんだけど、人が書いた文章を読むっていうのが、たぶんね、人より疲れるんですよ。

だからと考えると、SNSを僕は一生懸命やってるんだけど、自分が投稿するぶんにはいいんだけど、人が投稿してるのを読むっていうのが基本的に苦手で。
これ、僕の中ではあんまり言語化できてなかったことで、自分は人に興味がないのかなと思ってたんですよ。
他人にね。
他人が言っていることに興味がないからSNSを見ないんだと。
人の投稿を見る気があんまりないんじゃないかなと思ったんだけど、そういうことでもなくて、そもそもが、文章がたくさん流れてくるっていうのを見る、音も流れてないのに見るっていうのがあんまり得意じゃないから、積極的にタイムラインを見ないっていう。
うん、なんかそういうことだなっていうのをね、すごい思うんですよね。

インスタはさ、リールとかだとショート動画形式だから、ああいうのは音が流れてくるから、積極的に見ようと思えば見られる。
あんまり好きなわけじゃないけど、見られるんだけど、うん、なんかそういうのがあるんですよね。

世の中では「本を読んだ方がいいよ」とか、「ショート動画をずっと見て時間を費やすのは時間の浪費だよ」とか、こういうふうにした方がいいよって言われると思うんだけど、その人が頭の中に情報を入れて自分で考えたりできる、効率よくそういうことができるっていうのは、人それぞれ媒体が違うってふうに僕は思うんですよね。

ブログ記事とかそういうのを見て情報を仕入れるのが得意な人もいれば、こういうpodcastを聞いてなにか考えたりするのが得意な人もいれば、、映像と両方の組み合わせのが得意な人もいればって、そういうのはほんとに分かれるから。

読書は、確かに情報としてはすごく効率がいいとは思うんですよ。
誰かがさ、自分の中ですごく大切だと思っているものをぎゅっと凝縮して一冊の本にしてくれてるので。
どうしても音声とかだと、僕のこういったおしゃべりもそうだけど、うーん、無駄が出てくるんですよね。
うん、無駄が出てくるんですよね。
この「うん」っていうのは、情報としては必要なかったりするように、やっぱりこう、構成がしづらいからね。
いらないおしゃべりのところを編集で外すことはできるけど、文章を書くほど綺麗に構成できるものではないから、情報効率としてはあまり高くないんだけども。
情報効率の良さっていうこと以上に、どういった情報の入り方だったら、自分の頭の中に入ってくるのかなっていうことの方が、僕は大事だと思っているから。

それでもね、本じゃないと入らない情報は、手に入れられない情報とかっていうのもあるから、僕は仕方なしに本は読むわけだけれども。
その人にあったリズムで情報を入れた方がいいような気がするんですよね。
だから僕はどっちかっていうと映画を見たり動画を見たり、一番は人と話す。
人と話すっていうのは絶対に音声が入ってくるから。
音声とその人の表情とか、そういった情報で入ってくるから、僕の中では人と話すっていうのが、考える材料にするには一番の近道だし、すごく楽しいなっていうふうに思う。

たぶん視覚優位で文章を読んだりするのが好きな人っていうのは、人と話してると情報があっちこっち行き過ぎて頭に入ってきづらいっていう人も絶対いると思うんですよね。
僕はかなり音声優位だから、その人があっちこっち話を散らかしたところで、頭の中で整理できるんですよね。
どっちかと言うと視覚が苦手なぶん、聴覚はすごい得意なので、結局この人あちこち話飛んでるけど、結局こういうところに落ち着くんだろうなとか、でもここでとっ散らかしたからには、ここがほんとは大事に思ってるんだろうな、みたいな、頭に余裕があるんですよね。
視覚だと全然余裕がなくなっちゃうから、そういうことを汲み取れなかったりもするので。

どういった方法で情報を仕入れた方がいいっていう普遍的な法則があるというよりは、自分にどのような情報の取り方が自分にとってスムーズなのか、ストレスがないのかっていうことは、わかっておいた方がいいような気がしますね。

僕もね、学生の頃から、本を読んだ方がいいっていう先入観がすごいあって、本を色々読んだりもしたんだけど、時間がかかっちゃうし、僕は読むのが遅いんですよね。
視覚優位じゃないから、頭に入ってくるのが遅くてね。
それでも、好きな本とかは、おしゃべり口調で書いてある好みの本とかがあるから、エッセイとかね。
さっき言ったように、そういうのはたくさん読んだりもしてたけど。
よくよく考えてみると、それだったら、人とたくさんしゃべったり、たくさん映画を見たり、今だったら、そういった動画コンテンツで情報を仕入れた方が、僕にとってはいいんだろうなっていうふうにね、思いますね。

世の中に回っている情報っていうのは、自分がどうかっていうことは関係なく流れている情報がほとんどだから、自分にとっていいものを探した方がいいような気がしますね。
世の中の情報に流されてしまうと、先入観が強くなっちゃうっていうのもあるので。
そういったわけで、僕がSNSは苦手っていうのは、情報の入手の仕方として、です。

一般的なSNSっていうのは、やっぱりスマホっていうのが視覚メインのものだと思うんですよね。
聴覚を取り入れるとしたら、イヤホンをつけたり、わざわざスピーカー音を鳴らさないと聴覚っていうのは使えないけど、基本的にモニターがメインなわけで、視覚っていうのは必ずあるわけだから、スマホの世の中っていうのは、基本的には視覚優位のものなんですよね。
だから、その使い方として、聴覚優位な人が、もし今聞いてる人の中でいるのであれば、スマホであっても自分の聴覚が生かせるようなインプットの仕方とか、アウトプットの仕方を考えた方がいいんじゃないかなってね。
Audible(オーディブル)とか。
まあ、僕、正直言うと聴覚優位って言いながら、Audible使ったことないんだけど、試しに使ってみようかな。

そんなわけで、ご自身がどういう特性を持っているのかっていうのを考えて、日々の情報入手の仕方とか、アウトプットの仕方とか、生き方とか、考えてもらえるといいんじゃないかなっていうふうに思います。

はい、今日はそんなところで終わりにしようかなと思います。
今回もありがとうございました。バイバイ。